ニューズレター

第6号(2025年3月発行)

調査研究報告

日本の多言語表示街道をゆく ―長崎―
国際日本学部教授 尹 亭仁

実施日: 2024年12月26日~29日
調査地: 長崎歴史文化博物館、長崎原爆資料館、長崎市平和会館、長崎新地中華街など

 12月26日(木)~29日(日)の4日間、長崎に出張した。7月末の広島の調査で得た「負の遺産」を持つ地域という視点から、情報発信の現状と多言語表示の様相を調べるためであった。また、2024年にノーベル平和賞を受賞した日本被団協の、街への影響が気になっていたこともある。
 調査地は、長崎平和公園・国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館・長崎歴史文化博物館・長崎美術館・グラバー園・大浦天主堂キリシタン博物館・出島和蘭商館跡・長崎新地中華街などであった。
 平和公園では、日本における「観光公用語」と言える4言語(日本語・英語・簡体字中国語・韓国語)が多く見られた(写真1)。同様に、平和祈念像の説明も4言語表示であった(写真2)。

写真1 平和公園の案内板

写真1 平和公園の案内板

写真2 平和祈念像の4言語での説明

写真2 平和祈念像の4言語での説明

 先述の広島の「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」の調査時、ヘブライ語やタガログ語を含め、23言語のパンフレットが用意されていたが、「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」には広島より少ない9言語(日本語・英語・中国語・韓国語・フランス語・スペイン語・ドイツ語・ロシア語・オランダ語)のパンフレットがおいてあった(写真3)。音声ガイドはこれらの言語に加え、アラビア語・ポルトガルのポルトガル語とブラジルのポルトガル語のサービスが提供されていた(写真4)。

写真3 追悼平和祈念館のパンフレット

写真3 追悼平和祈念館のパンフレット

写真4 追悼平和祈念館の音声ガイド

写真4 追悼平和祈念館の音声ガイド

 長崎歴史文化博物館・長崎美術館でも4言語(日本語・英語・中国語・韓国語)での案内が多く見られた(写真5)。街中には、2024年ノーベル平和賞の受賞を祝うポスター(写真6)が貼ってあったが、多くはなかった。バス停の乗り場案内でも4言語表示が見られた(写真7)

写真5 博物館での4言語

写真5 博物館での4言語

写真6 ノーベル平和賞

写真6 ノーベル平和賞受賞ポスター

写真7 バス停の5言語案内

写真7 バス停の5言語案内

 出島和蘭商館跡には、基本4言語に加えオランダ語のパンフレットがおいてあった。案内所の方に訊ねたところ、イギリスとドイツからの観光客も多いが、オランダからの観光客も多いとのことだった。
 また、興味深い点として、大浦天主堂キリシタン博物館には多くの韓国語の説明があった。韓国は歴史上カトリックが弾圧を受けたことがあり、長崎と韓国との宗教的つながりを確認できた。

調査研究報告

白人至上主義カナダの多言語主義
外国語学部助教 源 邦彦

実施日: 2024年12月21日
調査地: 京都大学人間・環境学研究科

 わたしが社会言語学に興味を持ちカナダケベック州のフランス語問題を知ったのは1993年の大学生時代だったと覚えている。当時は、英語という支配言語に抑圧されるフランス語という図式が新鮮であった。アイルランドやイギリスのスコットランドなどは言語維持に失敗しているにもかかわらず、なぜケベック州は比較的うまくいっているのかそれが不思議であった。それからおよそ30年が経ち、フランス語に対する同情心のほとんどは消え、先住民族や移民集団を数多く抱える英語社会カナダでなぜフランス語だけが特別扱いを受けるのかそこに関心が移っていった。その最たる要因は人種である。隣国アメリカもそうであるが、歴史的に振り返っても白人諸集団の使用する言語については比較的寛容な態度をとってきた。それがカナダでも同じようにみられるだけのことだろうと考えている。ただし、今回の講演で得られた新しい情報は、フランス語使用者や先住民ばかりではなく、各移民集団の生徒が既定の人数まで揃えば母語教育が受けられる権利が認められているということであった。ある程度は進歩を成し遂げたという印象は受けるが、これは教育の場面に限った話であることに注意しなければならない。つまり、フランス語使用者のように、経済活動において自分たちの母語を使用する権利までは法的に保障されていないのである。

調査研究報告

訳読こそが日本の経済、政治、社会を英語から守る
外国語学部助教 源 邦彦

実施日: 2024年11月21日~23日
調査地: 北海道大学

 札幌農学校(現北海道大学)では創立からしばらくのあいだは英語を教授用言語としていた。その影響もあってか、卒業生である内村鑑三、新渡戸稲造、宮部金吾が互いに交わす書簡では英語が主な使用言語であった。これら3人を中心とした書簡のやり取りを俯瞰したところ以下のような傾向が浮かび上がってきた。明治時代半ばは英語のみを用い、明治時代末期から大正時代に入ると日本語による書簡も現れ、昭和に至ってはほとんどが日本語に移行する(英語のものも散見される)という現象が見られた。またコードスイッチングは英語の書簡にも日本語の書簡にも確認された。英語の書簡の場合は固有名詞や特定の心情を表す表現は日本語が用いられ、日本語の書簡の場合も、固有名詞や特定の心情を表す表現は英語が使用され、特定分野の内容の一部やキリスト教の内容を語る際は英語が使用される傾向が強いことも判明した。特定のテーマの書簡であるから特定の言語を使用するという点は確認できなかった。すなわち、明治期初期に高等教育を受けた人材は、多くはフルバイリンガル(ほぼすべての分野の内容を両言語で表現可能)であったと考えられる。旧英米植民地の地元エリート層に見られるように、分野によって特定の言語でしか表現できないという機能別バイリンガルの傾向は認められなかった。筆者の仮説ではあるが、初等教育では日本語で教育を受けていることに加え、とくに、札幌農学校予科では訳読法による日本語と英語の翻訳能力を訓練する科目がカリキュラムに組み込まれ、たとえ農学校が英語を教育言語としていたとしても試験科目に翻訳問題があったこと、そして、明治維新後は欧米の学問を日本語に翻訳し、日本政府が高等教育の日本語化を目標としていたことが、日本語による初等・中等・高等教育→就職(経済、政治、科学など)という循環型言語社会を可能にしたといえるだろう。今後は、札幌農学校予科、札幌農学校入学試験における訳読について調査したいと考えている。

明治日本の日本語・英語コードスイッチング―内村鑑三から宮部金吾への書簡(抜粋)

明治日本の日本語・英語コードスイッチング―内村鑑三から宮部金吾への書簡(抜粋)

調査研究報告

近現代美術の閲覧・調査
国際日本学部教授 松本 和也

実施日: 2024年10月13日~15日
調査地: 嵯峨嵐山文華館、福田美術館、大阪中之島美術館、風の教会 他

 今回の出張目的は、京阪神地区で開催されている美術展の閲覧、芸術祭への参加を通じて、近現代を中心とした美術の多彩な表現とその土地との関係性について知見を深めることにあった。一日目、嵯峨嵐山文華館では現代もなお広く知られた百人一首の歴史にくわえ、企画展「HaikuとHaiga」では蕪村と芭蕉の作品に軸などを通じて触れた。福田美術館では、企画展「若冲激レア展」で初公開された《果蔬図巻》をはじめ、若冲や蕭白の作品を実見した。二日目、大阪中之島美術館では企画展「塩田千春 つながる私(アイ)」を閲覧し、塩田の代名詞ともいえる糸を用いた複数の大型インスタレーションにくわえ、映像作品、ペインティング、インタビュー映像、さらには現在連載中の新聞小説に提供している挿絵原画などが一挙に展示されており、世界的な現代美術家の本領を遺憾なく感じることが出来た。最終日は、六甲山を舞台に展開されている「神戸六甲ミーツ・アート2024 beyond」に参加し、ガーデンテラスエリア及び風の教会エリアに展示された作品を見て回った。風の教会では、宮永愛子の新作が安藤忠雄建築による宗教空間と、静かに確かな呼吸をするように配置され、厳かな繊細さに包まれた、文字どおり非日常的な時空間を感じることが出来た。

「HaikuとHaiga」展示風景(嵯峨嵐山文化館)

「HaikuとHaiga」展示風景(嵯峨嵐山文化館)

「塩田千春 つながる私」(大阪中之島美術館)

「塩田千春 つながる私」(大阪中之島美術館)

「神戸六甲ミーツ・アート2024 beyond」(風の教会)

「神戸六甲ミーツ・アート2024 beyond」(風の教会)

調査研究報告

加計呂麻島での調査活動
国際日本学部准教授 崔 瑛

実施日: 2024年8月3日~8月5日
調査地: 加計呂麻島

 加計呂麻島(かけろまじま)は、奄美群島に属する海と白い砂浜の自然美を誇る島である。空港がなく、本州から飛行機で直接行くことはできないため、奄美大島からフェリーで移動する。加計呂麻の宿はペンションや民宿となっており、マリンスポーツを楽しむには絶好の環境だが、観光客向けの商業はそれほど活発化されていない。
 今回の調査では、このような島でのスローライフを求めて移住してきた移住者ら、島の文化や生活を守ってきた島民の娯楽や暮らしに関する生の声を聞くことを目的とした。その他にも、加計呂麻島には、宿を拠点とする興味深いまちづくりの取り組みがある。それは、集落住民のように暮らすことをコンセプトとする「伝泊加計呂麻」である。この伝泊とは、2018年から「日常の観光化」を掲げ、地域ならではの集落文化や自然環境を体験する旅を提供するまちづくりのことである。「伝泊」の「伝」は、島の「伝統」「伝説」を伝えることを意味するという。
 伝泊加計呂麻は、映画『男はつらいよ』に登場した「リリーの家」の撮影場所を宿泊施設としている。視察時には、宿泊客が滞在していたため、施設内の見学はできなかったが、その周辺地域を地元ガイドの案内を受けながら回ることができた。出張後の帰り道に、奄美大島にも立ち寄り、奄美の食文化を取り入れた土産商品の紹介を受け、その工場や店舗を視察することができた。奄美で収穫されたサトウキビを利用した黒糖の土産物の種類が豊富であり、デザインや店舗づくり等において、参考になる点が多かった。

2024年度人文学研究所シンポジウム報告

「アートが誘引する破壊、そしてアートの名の下の破壊」開催報告
共同研究グループ「観光と美術」

開催日: 2024年11月18日

会場: 神奈川大学みなとみらいキャンパス4階米田吉盛記念講堂

問題提起:島川崇(神奈川大学国際日本学部教授)

講演①:栗原祐司(国立科学博物館副館長 ICOM日本委員会副委員長)
講演②:毛利勝彦(国際基督教大学教養学部教授)

 「観光と美術」共同研究グループでは、「アートが誘引する破壊、そしてアートの名の下の破壊」と題して、2024年11月18日、神奈川大学みなとみらいキャンパス4階米田吉盛記念講堂においてシンポジウムを実施いたしました。
 当シンポジウムでは、近年頻発するアート破壊行為の時代背景や影響を多角的な視点から議論しました。環境活動家による美術品破壊行為や歴史的な破壊行為について、観光学、ミュージアム、政治学の専門家が講演し、ディスカッションが行われました。司会は東洋大学教授で客員研究員の増子美穂氏が務めました。
 まず、観光学が専門の島川崇研究員から、現代で特に注目されるアート破壊の多くが政治的背景を持つことを指摘し、歴史的には個人によるものが多かった破壊行為が、組織的・集団的な形態に移行している点を問題提起しました。例として、環境団体「ジャスト・ストップ・オイル」による破壊行為が挙げられ、これが美術界や社会に与える影響を指摘しました。さらに、美術館の役割や観光との関係について問題提起しました。観光の観点から、美術館が観光資源として注目される一方で、地域住民と観光客の利害対立が課題として浮上していることが指摘されました。観光客は美しいアートを求める傾向が強い一方で、アートの多様性や汚れた表現に対する需要は限定的です。このため、観光における美術館の成功には、観光客、地域住民、観光事業者が相互に利益を得られる仕組みが必要だと島川氏は述べました。
 続いて、国立科学博物館副館長でICOM日本委員会副委員長の栗原祐司氏は、ミュージアムの視点から、文化財の保存と活用のバランスが強調されました。自然災害や戦争、略奪といった脅威が文化財に及ぼす影響を防ぐため、国際協力や技術的な保存手法が求められています。また、観光資源としての美術館の可能性を追求する中で、展示内容や保存環境の改善が課題となっています。
 政治学の観点からは、国際基督教大学の毛利勝彦教授から、アート破壊行為が環境問題や社会運動とどのように結びついているかが示されました。毛利氏は、環境活動家によるアート破壊が、気候変動問題への注目を集めるための政治的メッセージである点を強調した一方で、このような破壊行為が持つ倫理的矛盾や、破壊を通じたメッセージの効果と限界も取り上げられました。また、アート破壊行為は、政治的目的を持つ抗議活動の一環であり、国家や社会がどのようにそれに対応するかが議論の焦点となりました。歴史的には、アートや文化財が戦争や植民地主義の犠牲となった事例も多く、これらは現代の美術館や博物館が直面する課題に直結しています。毛利氏はさらに、アートの保存や破壊がグローバルな政治問題として浮上している現状を指摘し、国際的な協力とガバナンスの必要性を強調しました。
 その後、討論が行われ、その中では、特に観光客の視点から、彼らが一度の訪問で「非日常」としての美術館を楽しむための工夫が重要であると指摘されました。これに対して、美術館や博物館が社会教育の場としての役割を担う一方で、観光的な魅力をいかに維持・強化するかというジレンマが存在します。
 全体を通して、アートの破壊行為を通じて問われるのは、アートそのものの価値、保存の意義、そして社会との関係性です。このシンポジウムでは、アートの自由や多様性の重要性を認識しつつ、その保存と活用が現代社会においてどのように可能であるのかを探るための議論が展開されました。このような議論はアートシーンにおいても観光学においても初めてであり、政治的メッセージとしての破壊行為をどのように評価し、社会がそれにどう向き合うかが今後の重要なテーマとして浮上しています。

自著紹介

『動物xジェンダーーマルチスピーシーズ物語の森へ』
熊谷 謙介

村井まや子・熊谷謙介(編著)『動物×ジェンダー マルチスピーシーズ物語の森へ』青弓社、2024年

著者: 村井まや子、熊谷謙介 編
出版社: 青弓社
出版年月: 2024年2月28日
ページ数: 238頁

 民話やおとぎ話の動物と人間の関係、寓話やファンタジーに登場する精霊、狩猟と男性性、冒険物語を脱構築する動物――それらを文学や芸術はどのように描いてきたのか。大江健三郎、多和田葉子、松浦理英子たちの現代の「動物作品」は何を表象しているのか。
 このような問題設定から、動物が人間よりも劣位に置かれる文化・構造を踏まえ、人間中心の視点を脱し、複数種(マルチスピーシーズ)の絡まり合いから作品や表象を読み解いた。これに加えて、女性が男性から差別される非対称性に基づき、ジェンダーの視点も重ね合わせて多角的に分析を行った。
 人間と動物を対立させる価値観を退け、エコクリティシズムやポストヒューマンの思想の潮流に棹さしながら、動物表象に潜む力学を浮き彫りにする。動物や人間、精霊をめぐる物語の森に分け入り、マルチスピーシーズやジェンダーなどの複合的な視野で作品の可能性を浮上させることを目指した。

自著紹介

『翻訳としての文学──流通・受容・領有』
松本 和也

松本和也(編)『翻訳としての文学 流通・受容・領有』水声社、2024年

著者: 松本和也編
出版社: 水声社
出版年月: 2024年3月30日
ページ数: 232頁

 本書は、神奈川大学人文学研究所の共同研究グループ:各国近代文学の研究による研究成果である。メンバーは専門領域を近代文学としつつも、研究対象とするエリア・言語を異にしており、そのこともあって、グループとして共有する問題関心の1つは「翻訳」にあった。そこで、本書のテーマも「翻訳」とした上で、広義の文学をめぐるさまざまな局面を、「翻訳」という観点から捉え返すことで、そこから照らし出される文学の孕む危機/批評的な側面を照らし出すことを目指した。
 ここで、本書の構成・目次を紹介しておく。「序――書かれた言葉を読む」につづいて、論文として、古屋耕平「ラルフ・ウォルド・エマソンとドイツ翻訳理論――ゲーテの影響を中心に」、岡部杏子「19世紀フランス詩の日本における受容――マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモールの場合」、吉田遼人「1917年、近代日本文学の翻訳事件――その輪郭と時代性」、中村みどり「同時代小説としての中国文学と創作における日本語――『改造』「現代支那号」(1926年7月)について」、山本亮介「佐々木高政英訳「吉備津の釜」(『雨月物語』)と掲載誌『英語研究』――戦時下日本文学翻訳の一面」、松本和也「フィリピン徴用時代の三木清による文化工作言説」といったラインナップである。
 異なる時代、地域、テーマの交錯点となった文学/言語/文化が、地域を跨ぐことで、いかに翻訳‐受容されていったのか、歴史的なケース・スタディーを積み重ねた。

自著紹介

『レコンキスタ―「スペイン」を生んだ中世800年の戦争と平和 (中公新書 2820)』
黒田 祐我

黒田 祐我『コンキスタ―「スペイン」を生んだ中世800年の戦争と平和』中央公論新社、2024年

著者: 黒田祐我
出版社: 中央公論新社
出版年月: 2024年9月25日
ページ数: 336頁

 中世スペイン史は、マイナーである。1492以降の大航海時代スペイン帝国の歴史(近世)、ヨーロッパ列強から脱落しラテンアメリカの独立を許す斜陽国の歴史(近代)、そしてスペイン内戦とフランコ独裁の歴史(現代)は知られていよう。とはいえ「レコンキスタ」という単語は高校世界史で登場するものの、内実に関して詳しく触れられることはない。「祖国スペイン奪還のための対イスラーム戦争」という誤解が、いまだにまかり通っているのが現状である。本書は、イベリア半島の地理的特徴を確認しながらレコンキスタ前史としての古代史を総覧した後、8世紀の初頭から1492年のアンダルス(イスラーム・スペイン)が消滅するまでの約800年間にわたるイベリア半島の歴史を論じた一般向けの通史である。
 筆者が心掛けたのは、「スペイン」という枠に縛られないような論述である。中世当時に「スペイン」というまとまりはそもそも存在しなかった。しかしかつての研究の多くは、スペインという国民国家史観を前提としていた。この「歪んだレンズ」を外して当時の実態に目を向けてみると、この800年の歴史がいかに「キリスト教対イスラーム」あるいは「スペイン対イスラーム」といった図式から乖離していたのかが分かる。当時の息吹を感じてもらうために、キリスト教諸国側の史料とアンダルス側の証言の双方を引用し、また中世考古学や古銭学の最新の成果にも言及しながら、可能な限り平易な記述を心掛けた。
 日本ではなじみのないスペインの地名や人名が多く登場するため、決して読みやすいとは言えないかもしれない。しかし中世の「宗教戦争」の実態を扱った本書は、現代の宗教・民族紛争を相対化するためにも役立つのではないかと思う。

第5号(2024年9月10日発行)

講演会報告

仲田恭子氏(演劇ユニット アートひかり)「演劇をつくりつづけるⅠ・Ⅱ──演出・身体・地域(2024.1.11,2024.7.11)」
国際日本学部教授 松本 和也

開催日:2024年1月11日(木)、2024年7月11日(木)

会場:zoom開催

 2023年度から2024年度にかけて、2回にわたって、演出家の仲田恭子氏(アートひかり主宰)にご講演頂いた。
 第1回は、仲田氏がどのようにして演劇に関わり始めたか、高校時代からの活動をお聞きし、2024年度利賀演出家コンクール最優秀演出家賞(公益財団法人利賀文化会議)を受賞するまでの取り組みや工夫、ご苦労について、具体的な経験談を時系列に即してお聞きした。
 高校時代から、作・演出を担いながら続けてきた演劇活動の紆余曲折について、「静かな劇」が主流となっていく時期の活動において、周囲の劇団との微細な差異を競うような過当競争に捲き込まれ、マンネリ化の自覚もある中、劇団の運営自体が破綻を迎えたという。しかし、その状況打開の一策として参加した演出家コンクールにおいて、演技スタイルの異なる俳優との摺り合わせに苦労しつつも、脚本を書かない「演出家」として、高い評価を得たことで、演出という作業に自覚的に取り組むようになり、アートひかりを立ち上げるに至ったという。

 第2回は、仲田氏が、どのようにして演劇活動を続けてきたか、めまぐるしい移動(移住)の経緯をふまえてお聞きした。演出家への変貌を遂げて後の、演劇への取り組み方や身体、地域への感心などをお聞きした。
 仲田氏はこの現代において、演劇が「アナログの手作り」であるがゆえにもつ魅力や可能性こそが、演劇活動をつづけてきたモチベーションだという。また、俳優の身体という観点を軸に、プロ/素人(経験値)、地域性、また、観客サイドの心理的ハードルなどについても、これまでの経験をふまえた考察も含めたお話をお聞きすることができた。最後に、移住した地域で展開し始めたオペレッタの継承活動をご紹介頂き、演劇的知を活かした「手作り」の活動の展望までお聞きすることができた。

講演会報告

吉本裕子氏(横浜市立大学 都市社会文化研究科 客員研究員)
「『アイヌ語』開講記念講演会 観・魅せる/創出される民族のリアリティ~アイヌ観光地における舞踊実演から~」
国際日本学部教授 廣瀬 富男

開催日:2024年2月29日(木)

会場:みなとみらいキャンパス3008講堂

 神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科「アイヌ語」開講記念講演会の第1弾として、横浜市立大学の吉本裕子先生をお招きし、「観・魅せる/創出される民族のリアリティ~アイヌ観光地における舞踊実演から~」というタイトルで講演をしていただきました。
 講演は、熊谷学部長の「アイヌ語」開講記念の挨拶に続き、まず、アイヌについて語る際に必要となる背景知識の確認作業から始まりました。その中で特に重要だと感じられたのは、アイヌと和人との関係性を捉える鍵としての「入植者植民地主義(settler colonialism)」という概念です。この概念を採用すると、北海道の「開拓」という名の下で推し進められたのは、要するに、和人による「アイヌの国(aynu mosir)」の「植民地化」であった、ということになります。
 メイン・トピックの観光地における舞踊実演については、古式舞踊に現代的な演出を施した舞踊―これには、当然ながら、アイヌの中でも賛否両論があるわけですが―の公演が史上最高の興行的な成功を収めているとのお話がありました。その新しい様式の演舞を行う度、女性の踊り手は、伝統的な「シヌイェ(sinuye)」という入れ墨の代わりに、シヌイェを模したペイントを、口の周りに施しては落とし、落としては施す、という行為を繰り返す。その行為を通して、自身がアイヌであるという事実を常に確認できると感じる―このエピソードは、「現代を生きるアイヌ」という観点から示唆に富むものだと思います。
 当日は、40名超の参加者を集める盛会となりました。講師の吉本先生をはじめ、ご参加いただいた皆様、また、開催に向けて様々な形でご協力いただいた皆様に、心より感謝を申し上げます。

講演会の様子

講演会の様子1

講演会の様子

講演会の様子2

講演会報告

ジェイソン・G・カーリン 氏(東京大学大学院情報学環 教授)「Media Incitements in Japan: Social Contagion, Self-Harm, and Freedom of Expression」
国際日本学部教授 ジェームズ ウェルカー

開催日:2024年6月19日(水)

会場:みなとみらいキャンパス 5030室

 本講演では、ジェイソン・G・カーリンが新型コロナウイルス(COVID-19) パンデミックにおける日本における自殺者数とメディアの関係について論じた。パンデミック中に自殺者が増加するという予測にもかかわらず、米国や他の多くの国々では自殺率は減少したとカーリンが指摘した。しかし、注目すべきは、日本では10年以上にわたって減少していた自殺率が増加したことである。日本では通常、中高年の男性が自殺者の多くを占めるが、パンデミックの急増は若い世代と女性に偏っていた。日本における自殺についての支配的な語りは、しばしば非常に還元主義的であり、単一の要因に焦点を当てることによって問題を単純化しすぎている。カーリンの分析では、メディア伝染(ウェルテル効果)という概念が日本でどのように受け入れられてきたかを触れた。伝統的なメディアが無謀な報道によって自殺を煽る上で果たしてきた役割を考察した。最後に、自傷行為への衝動を引き起こし、自傷行為をしている他者との社会的つながりを可能にする情報や画像を流通させる規制のない空間を提供するソーシャルメディアの危険性を分析した。

Karlinさんの公演

Karlinさんの公演

講演会報告

美水彩加氏(ブリティッシュ・コロンビア大学 アジア学科 教育助教)「Doing Ethnography in the Wake of the Displacement of Transnational Sex Workers in Yokohama: Sensuous Remembering」
国際日本学部教授 ジェームズ ウェルカー

開催日:2024年7月17日(水)

会場:みなとみらいキャンパス 5030室

 本講演で美水彩加さんは、横浜の出稼ぎセックスワーカーの生活を記憶することの政治性、詩学、倫理性について述べた。美水さんは、パフォーマティヴな「感覚的エスノグラフィー」(sensory ethnography=身体と感覚のレンズを通して自分のライフワールドを知り、知覚し、方向付けることを学ぶことは、感覚的・身体的分析)を用いて、横浜の歴史的に疎外されてきた大岡川沿いの地区における水商売のトランスナショナルな空間に焦点を当てた。2005年以降、横浜市はこの地域にある黄金町のリブランディングを図り、産業革命後の発展に不可欠であったトランスナショナルな移民セックスワーカーを立ち退かせ、彼女たちの過去の存在を消し去った。美水さんは、人種差別を受けた移民が街の場所作りに参加したことを曖昧にしている建築環境、公式の歴史物語、映画、写真等を検証しながら、移住の余波を受けた横浜の支配的な記憶風景について考察した。そのうえで、現地の社会関係に巻き込まれ、思いがけずその文化のなかで読み取れる社会的役割を果たすようになり、最終的には都市との関係を再構築されたという自身のフィールドワークの経験に基づき、オルタナティブな記憶の風景を創造する可能性について論じた。最後に美水さんは、横浜、長崎、カナダ西部における「からゆきさん」の太平洋を越えた記憶に関するマルチサイト研究の現状を紹介した。

Yoshimizuさんの公演

Yoshimizuさんの公演

講演会報告

本山宏希氏(茨城大学人文社会科学部人間文化学科・准教授)「イメージ心理学1」
人間科学部教授 吉澤 達也

開催日:2024年7月19日(金)

会場:横浜キャンパス 3号館205室

 本山宏希先生は、イメージ心理学研究の第一人者であり、今回はご専門のイメージ心理学について初心者向けにご講演をいただいた。

 イメージ心理学とは心の内象を科学的に解明する学問であるが、まず、この学問の歴史的背景を時系列的にお話しいただいた。心の内像はそれまで、インタビューなど、主観的な観察によりその知見を得ていたが、行動科学的な観察による研究(メンタルローテーションを観察図形に回転角と応答時間の関数として表した画期的研究)を起点に、現在の科学的学問へと変遷していった状況を当時の研究を例に取り説明していただいた。

 その後、近年のイメージ心理学の知見をご紹介いただいた後、最後に聴講者に対して簡単な実験をされ、イメージ心理学研究の実際を体験することとなった。この体験では、心理学実験における被験者の感度を定量化するための標準的な予備実験として行われているものであり、聴講者は皆、積極的に参加しており、講演会を通じて最も盛り上がった。

 講演終了後には多くの質問もあり、大変盛況であった。
今回は入門編ということで、今後、より専門的なお話を第2回目にお願いする予定である。

調査研究報告

「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」西行
国際日本学部教授 島川 崇

 2023年12月21日から22日にかけて伊勢神宮と熱田神宮の観光的価値の向上のための取り組みを視察した。現地では、117年にわたり伊勢神宮にて勤労奉仕を継続してきた公益財団法人修養団の武田数宏常務理事に案内をしてもらった。伊勢神宮では、パワースポットブーム、スピリチュアルブームでコロナの期間を除いて参詣者は増加していたにもかかわらず、内宮と外宮も、それも本殿のみといった表面的な参詣だけにとどまっているのが課題となっていた。

 境内には、別宮が14社、摂社が43社、末社が24社、所管社が42社あり、それぞれに由縁がある。それをもっと観光で広めることができないかに関して議論を深めた。そこで、今回は、風日祈宮に注目し、その近くの旧参道も含めた新たな観光ルートの提案を行った。

 風日祈宮のご祭神は伊弉諾尊の御子神で、風雨を司る神である級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなとべのみこと)である。内宮神楽殿授与所の向かい側の参道を進み、正宮の手前の風日祈宮橋を渡ると右手にご鎮座されている。風日祈宮橋の上からは、島路川の清らかな流れが心地よく、新緑や紅葉の季節も違った表情を楽しむことができる。1281年の蒙古襲来に対してこの地で祈祷を行った結果、神風が吹き、我が国に押し寄せた蒙古軍は退却した。その霊験に応えるべく末社から別宮に昇格され、風日祈宮となった。

風日祈宮

風日祈宮

 参詣道を歩くと、伊勢の街の家々は、正月だけでなく年中しめ縄が飾られているのに気付く。『蘇民将来子孫家門』という文言は、須佐之男命を泊まれるところがなく困っていると、貧しくとも心豊かな蘇民将来が自分の家に泊め、手厚くもてなしたという故事に由る。この独特のしめ縄をお土産にもっとアピールしてもいいのではないかということも提案した。

「蘇民将来子孫家門」と書かれたしめ縄

「蘇民将来子孫家門」と書かれたしめ縄

調査研究報告

高校英語授業の理解・改善への取り組み
国際日本学部准教授 鈴木 祐一

 西日本の私立中高一貫校へ訪問し、高校英語教育の現状とコミュニケーション能力育成方法に関する調査を行いました。本調査の目的は、高校英語教育の実態を把握し、コミュニケーション能力の向上に効果的な教育方法を探ることにありました。
 まず、高校1年生の論理・表現の授業において、仮定法をコミュニカティブな方法で導入していることが観察されました。「もしこの高校に入学していなかったら、どうしていたと思うか」というテーマから始まり、パワーポイントを活用して日本語から英語への翻訳を行う授業が行われていました。この授業では、教師が生徒とのインタラクションを頻繁に取り入れ、生徒が飽きないように工夫されたドリルや練習が特徴的でした。一方で、英語表現の和訳を使った練習活動が多く取り入れられていましたが、これはコミュニケーション能力育成の観点からその有効性には疑問が呈されることも少なくありません。論理・表現の授業では、文脈に基づいた実践的な練習への転換をどうするという課題が見つかりました。
 英語コミュニケーションの授業では、生徒が教師役を務めるというユニークな試みが行われてていました。この方法は、生徒が通常の授業とは異なる視点で学びを振り返る機会を提供し、非常に効果的であったと言えます。一方で、この方法には教師からの十分な英語インプットが欠けるという課題もあります。生徒主導の取り組みと教師主導のコミュニケーション授業とどのように組み合わせるかという新たな課題も見つかりました。今回の調査・ミーティングを通じて、今後の研究プロジェクトの発展の一歩を踏み出すことができたと確信しております。

調査研究報告

Report from the Sojo University Teaching and Learning Forum 2024
外国語学部准教授 バンキア ジョン ジェームズ

The SUTLF conference was a collaboration between the Nankyu Chapter of the Japan Association for Language Teaching and the JALT Mind, Brain, and Education Special Interest Group (known as the BRAIN SIG). The conference was held in a newly opened building dedicated to language learning, and included a tour of the self-access learning centre.Comparing the facilities to the Language Commons at Minatomirai campus which I am in charge of, I was struck by the importance of clear signage and attractive interior design.

Many presentations were on psychological and cognitive aspects of second language learning from BRAIN members, and I found these particularly interesting as they are outside my field of expertise. For instance, the presentation by Julia Daley of Hiroshima Bunkyo University described how classroom language learning can be understood through Cognitive Load Theory. The presentation included specific examples of how common classroom tasks can “overload” learners and affect their performance, as well as ways to ameliorate this.

Presentations also included those on other aspects of language learning, such as the talk by Viorel Ristea of the Prefectural University of Kumamoto. He discussed his research on self-access learning and Activity Theory, and I had an opportunity to talk to Viorel later when he attended my poster session. Indeed, my own presentation was an excellent opportunity to meet other researchers in similar fields from the Kyushu and Kansai areas.

Poster Session and discussion with Viorel Ristea from the Prefectural University of Kumamoto

Poster Session and discussion with Viorel Ristea from the Prefectural University of Kumamoto

The Sojo University Self-Access Centre, illustrating the clear signage and attractive interior design

The Sojo University Self-Access Centre, illustrating the clear signage and attractive interior design

調査研究報告

済州島の「海女文化」関連体験コンテンツの視察
国際日本学部准教授 崔 瑛

 韓国済州島の「海女文化」は、2016年にユネスコ無形文化遺産に登録された。済州島では海女文化の商品化、体験プログラムの開発事例が増えている。代表的な施設として、海女文化の伝承を目的として設立された済州海女博物館がある。2006年に開館した済州海女博物館は、済州島の海女の歴史を軸として、女性の生き方、信仰、生業等、多様なコンテンツを展示している。海女をテーマとするアート作品やデジタルアーカイブの展示は興味深いものであり、多様な世代の関心を引く構成になっていた。

済州海女博物館エントランス

済州海女博物館エントランス

館内の海女をテーマとする作品展示

館内の海女をテーマとする作品展示

館内の海女の暮らしの展示

館内の海女の暮らしの展示

 済州島の鍾達里、北村里の2カ所に拠点をおく「海女の台所」は、海女とアーティストのパフォーマンスと済州の食等、海女文化の要素が洗練された感覚で表現された演劇型ダイニングである。今までになかったアート+食+ホスピタリティの融合型コンテンツとして韓国政府から「最優秀地域価値創業」に選定されるなど、注目を集めている。完全予約制で営業されており、すぐには予約を取りにくいほどの人気店である。サービス提供における方針、組織、今後の事業計画について把握した。

海女の台所の外観

海女の台所の外観

調査研究報告

3月8日~10日 第48回社会言語科学会研究大会(JASS48)参加報告
外国語学部助教 源 邦彦

 今回は、自身にとっての新たな研究的関心の発掘のため、日本の社会言語学におけるある下位分野に注目した。それは法言語学(forensic linguistics)と呼ばれる分野である。本学会の発表では、法言語学の一研究領域として、裁判員裁判における裁判官と裁判員との間に生じるコミュニケーション上の問題を扱う発表を拝聴した。このテーマ自体はわたしの直接の関心ではないが、いずれは法言語学を自身の研究テーマの一つとして、日本におけるジャマイカ人の言語的人権を扱ってみたいと考えている。ジャマイカ人であれば英語による通訳が提供される可能性が高いが、法廷で英語の通訳を提供され人権を保障されうるのは大学の教員など高技能技術者としての移民であろう。むしろ、低技能技術者としての移民として日本に生活し、英語能力が限られたジャマイカ語(通称、ジャマイカ・クレオール語、パトワ)を母語とする原告・被告のためにジャマイカ語と日本語の橋渡しを行う法廷通訳者をいかに確保するかということがここでは問題なのである。数年前、実際にこのような案件が生じ、急遽私がお世話になっているジャマイカの文化人類学者に依頼が舞い込んできたことがあった(実際はよりジャマイカ語に堪能な女性にこの件は委ねられた)。言語学では一般的に「クレオール語」として扱われている言語は、言語学の世界でも現実社会でも差別に合う傾向が強く(ほとんどの言語学者はそうとは認めないだろうが)、司法や教育では言語として認められず、場合によっては英語やフランス語の「方言」と誤認され、適切なサービスを受けることができず、世界中でその使用者が人権を侵害されている。わたしは、とくに日本における「クレオール語」使用者の人権問題を扱うため、近い将来に弁護士の資格を取得したいと考えている。今回の学会訪問は、言語社会学者としての机上の研究者である私に、実社会に貢献できる学者とは何かを深く考えさせる機会を提供してくれるものであった。

調査研究報告

ロンドンとウェールズにおける文献調査
国際日本学部教授 山本 信太郎

 2024年3月6日から20日の期間でイギリス(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)のロンドンとウェールズで文献を中心とした調査研究を行った。ロンドンでは、主に英国図書館(British Library)とカンタベリ大主教のロンドン公邸であるランベス宮殿の図書館(Lambeth Palace Library)で、16〜18世紀のウェールズ語聖書についての調査を行った。

 英国図書館は2023年の秋に起こったサイバーアタックの影響で、今もってオンラインでの出納システムがダウンしており、昔懐かしい紙のスリップでの出納が続いているが、その影響か、2023年3月渡英の際には英国図書館では貴重書として直接閲覧出来なかった最古のウェールズ語新旧両約聖書(1588年)を手に取ることが出来た(写真①)。モノとしてのウェールズ語聖書を調査する中で、多くの同時代の手書きの書き込みを発見することが出来、さらにランベス宮殿図書館では1630年版小型ウェールズ語聖書に、初めて英語ではなくウェールズ語のメモ書きが挟み込まれているのを見出すことが出来た(写真②)。

写真① 1588年版ウェールズ語聖書(英国図書館所蔵)

写真①
1588年版ウェールズ語聖書
(英国図書館所蔵)

写真② 1630年版ウェールズ語小型聖書に挟み込まれたウェールズ語のメモ(ランベス宮殿図書館所蔵)

写真②
1630年版ウェールズ語小型聖書に
挟み込まれたウェールズ語のメモ
(ランベス宮殿図書館所蔵)

 2週間ほどの滞在中に2泊3日でウェールズの首都であるカーディフにも赴いたが、最大の収穫は、カーディフからさらに鉄道で1時間ほど行ったスウォンジーのウェストグラモーガンシャ文書館で、16世紀のウェールズ(当時は全体で約670教区)のもので唯一残存している教区委員会計簿(churchwardens' account)である、スウォンジーのセント・メアリ教区の教区委員会計簿を閲覧出来たことである(写真③)。また、カーディフ到着の当日には1998年に設置されたウェールズ議会の議場と実際の議事進行を見学出来た。議場はカーディフの海岸沿いに建てられた独特の印象をもつ建物で(写真④)、内部は希望すれば誰でも見学出来る。ほとんどの議員は英語で発言していたが、常にウェールズ語で発言する議員もいたことが印象的であった。

写真③ スウォンジーのセント・メアリ教区の教区委員会計簿(ウェストグラモーガンシャ文書館所蔵)

写真③ スウォンジーの
セント・メアリ教区の教区委員会計簿
(ウェストグラモーガンシャ文書館所蔵)

写真④ ウェールズ議会の議場

写真④ ウェールズ議会の議場

調査研究報告

3月27日~29日 ALTによる英語授業内での男子中学生への差別的発言と行政的対処に関する実地調査報告
外国語学部助教 源 邦彦

 2024年3月27日(水)は、ある中学校の授業内で外国人教員による差別的発言(英会話授業中にある学生に対し「お前の英語はゴミだ」と暴言を吐く事件)の被害者である学生(3年生)からの聞き取り調査を実施した(14時~15時)。すでに2023年12月末にJRT四国放送と日本テレビによって報道された内容ではあったが、この件が表面化する以前から(2023年度秋学期以降)から当該被害者へ類似した発言が繰り返されてきたこと、またこのような発言が当該学生だけではなくクラス内の他の学生にも発せられていたことが判明した。この時点までの情報に基づく限りこれは教育的意義を逸脱した、また徳島県庁総務課が主張するような言語だけの問題では決してなく、言語差別を超えた人種差別行為と認定される可能性がある。

 同日15時~16時30分までは被害者の父親にインタビューを実施した。2024年1月11日に当該中学校により保護者向けに説明会が行われたが、父親としては加害者側の非常勤講師(徳島県内の大学准教授)による直接の謝罪がない限り納得がいかないという気持ちが吐露された。この説明会の資料のコピーをいただいたと同時に、カラー写真付きの非常勤講師の紹介記事もご提供いただいた。この事件が報道された当時、わたしは英語教育における白人教員による典型的な人種差別を背景とした言語差別行為と想定していた。しかしながら調査を進めるうちに、この非常勤英会話講師がエジプト人であると知り、人種差別との因果関係が不明瞭になりかけた。しかしながら、カラー写真で確認後、人種差別との関連性があらためて示唆された。このエジプト人はフェノタイプ的にはアラブ系ではあるものの、白人系アラブ人であり、歴史的にも黒人アフリカ人を奴隷として扱ってきた歴史を有する。今後は、エジプトにおける人種階層化された社会構造を調査することにより、今回の英語教育の現場における差別発言が白人によるアジア人への人種差別行為としてみなしうるかを精査する予定である。

 同日19時~21時には、父親とその知り合いである元公立小学校長と食事会が設けられ、今回の事件を通じて、父親が個人的な関係もある後藤田正純知事に直談判し、県教育委員会内に人権に関する部署が改変されたことを知った。この元校長も県教育委員会とかかわりがあることから、今後、人種差別、いじめを含めた人権全般を扱うにあたり、小生にも協力が求められた。28日には県庁を直接訪問し後藤田正純知事にわたしから今回の事件についての意見を直接伺う予定でいたが、すでに父親が同じ行動を起こしていたため、今回は訪問を見送り、今後の協力体制の中で機会があれば知事と話し合いを持ちたいと考えている。

 最終日である29日は、今回のインタビューの人脈を取り次ぐことにご尽力いただいた、JRT四国放送の報道制作局報道部主管の小喜多雅明氏に御礼の挨拶を含め簡単な話し合いを持った。小喜多氏は事件のあった中学校の現職教員からの内部告発を含め、その経営体制の不備を長期にわたって取材、報道してきた敏腕記者である。同氏は県の行政担当の記者でもあることから、今後は県教育委員会の人権問題に関わっていくにあたり、何らかの有意義な情報交換が期待できる。新たな内部情報、今後の発展への足がかりを得、そして県の教育行政に関与する重要な人脈を築けたことは、3日間という短期間の調査ではあったが今後の調査・研究に結びつく十分な成果が得られたと確信している。

調査研究報告

中国・広州の教会建築調査(沙面地区)
外国語学部教授 孫 安石

 中国広州の広外と華南理工大学の教員の協力を得て、沙面地区の建築と市内の錫安堂、万善堂、河南堂の教会建築を調査することができた。これらの教会建築は20世紀初期のもので完全な洋式建築になりきっていない中国独特の建築様式が色濃く残っている事例として注目される。今後、日本の長崎、韓国の各地に散在している教会建築との比較調査を実施し、東アジアの租界・居留地と教会建築の関連性に注目した共同研究に発展させたい。その他に広州十三行博物館、広東華僑博物館、農民工博物館、広州文化公園の園史展示、旧工場をリノベーションした「国際単位」の各施設を見学することができた。広外と華南理工大学の研究者とは、今後の共同調査について意見交換を行った。

沙面の旧洛士利洋行の外観

沙面の旧洛士利洋行の外観

沙面の旧洛士利洋行 二階屋根の部分

沙面の旧洛士利洋行 二階屋根の部分

旧海関館舎「紅楼」の外観

旧海関館舎「紅楼」の外観