かっていないから、きっと事態に気が付いて迷子センターを頼りに来たのだろう。それに真っ先に気が付くのは当然マイで、見かけたとたんに立ち上がって「ママ!」と声をあげて駆けていく。くらいで、この年の子供が居れば当然と言ったところか化粧や服装も落ち着いている。「マイ!よかった……心配したんだから」を見やる。娘が世話になった人間は誰かと、それだけの動機だろう。マイにも遺伝したであろうそのはっきりとした目がこちらを見た。日々を過ごすだけで気が付けばもう自分たちは中学二年生にまでなっている。そうすればこれまでの関係性は次第に変化してしまうのは当然で、自分と由衣とだってそれは例外ではなかった。てもよく遊んだ。だがどうしても、この年頃にもなれば異性を意識し始めるのだろう。そのせいか、由衣との距離は次第に遠くなっていった。無論険悪になったわけではない。ただ、わざわざ遊んだり、話しかけるようなことがなくなってしまった。それだけだ。やく自分の気持ちに気が付いた。本当にそうだと視線の先、マイが抱き着いた女性は私と同年代マイを抱きしめ頭を優しく撫でる母親はこちらその虹彩を、その声色を、私は知っていた。その母親が由衣だと、直感した。時の流れというのは残酷だった。のうのうと小さい頃はずっと一緒に居て、小学生にあがっそうして由衣との距離が遠くなってから、よう自信を持って言えるわけではない。それでも他に適当な言葉を自分は知らない。由衣のことが好きだった。一緒にいることが当たり前で、この先もそうだと思っていて、そうでなくなってからようやく気が付いた。ずっと由衣のために何かしてやるのだと思っていた。別に由衣には自分が必要なわけではないという事実が、心に深い空白を指し示していた。体育祭の時も、いつ転んで泣いてしまうのかと不安になる。この年にもなってまず転ぶ心配など要らないと言うのに。あるいは転んだところで、傷口は自分で洗えるし、ましてや泣きじゃくることもない。修学旅行の時だって、また由衣が迷子になったらどうしようと考えた。友達と一緒に動くのだからそんなはずはない。むしろ今の由衣は相当しっかりしているし、迷子の友人を探す役回りになるだろう。もう、昔とは違うんだと言い聞かせていた。それでも心のどこかでは、確かに由衣との関係を望んでいたと思う。夕食を終え、浴場の使用番が回ってくるのを待つ些細な時間。今日寝泊まりする部屋で、同室の男子たちの下品な笑いが聞こえてくる。それを睨むわけでも同調するわけでもなく、半分呆れたようにしながら荷物を弄るふりをしてやり過ごしていた。なんだ、誰の裸がみたいだとか、誰の身体がそそるだとか、そういうことばかり言っていて付き合っていられない。おいおい、と肩に寄りかかってきた一人が「なぁ~颯太は誰が良いんだよ、あれか、五組の由衣と幼馴染なんだろ」と、全く品のない声色で耳元で言う。「よせよ、重いからどけよ」そう半笑いにそいつを除ける。酷く、気分が悪い。お前らと一緒にするなと思う。「なんだ図星か? 良いと思うぜ。この前の球技大会のときよ……」腹の内から込み上げてくるような害意を確かに感じていた。あと幾らもなく、それの抑えが効かなくなるだろうな、と。自分が口を開くよりも先に部屋のドアががさつに開かれた。「次六組の番だって、はよこいって先生が言ってた。俺は言ったからなさっさとしろよ」と、伝達を任されたやつの言葉を聞いて、みんな着替えを手にして部屋から出ていく。浴場の手前の廊下で五組の生徒らとすれ違う。男子は総じて乾きのあまい短髪をそのままに走り回っているようなものだが、女子の方はと言えば普段と少し趣の違う髪型に纏めている人間がほとんどで少し新鮮だった。 その中に由衣の姿を見つけた。「あ、由衣、居た居た」何でもないようにして由衣に話しかける。肩より伸びているはずの髪は括られており、幾分すっきりとした印象に見えた。由衣との目線はちょうど同じくらいだった。まぁ顔良いからなぁ。俺もな、109第3部 小説・エッセイ
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