PLUSi Vol.21
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は経験豊富な雌だ。出産期を終え、年齢を重ねた雌は、若いシャチに良い餌場や、効率的な獲物の捕り方を伝授する。例外に洩れず、雌が率いる群れの中にいた。主にニシンなどの小魚を追い込み捕食する。ニシンがいる場所は、リーダーが長年の経験から割り出していた。無かった。コンスタントに食事は出来たし、仲間とのコミュニケーションも上手くいっていた。である。のを感じていた。動かされそうになるのを必死で抑え込んでいた。予定調和みたいな生き方にはうんざりだった。想外なことに賛同してくれた。で親近感はあったのだが、同じ生き方を選択するほどとは思っていなかった為、驚くこととなった。シャチは普通、群れを作って集団で狩りをする。母系社会であるシャチの、その集団のリーダーかつては右舷と、血縁関係にある左舷も、その彼らがいた集団では、七頭ほどの仲間と協力し、その頃の生活は、決して苦痛に満ちたものではだが、右舷はそんな生活に満足出来なかったの右舷は、時折どうしようもなく自分の血が昂る何故だかは分からない。ただ、その衝動に突きもっとヒリ付く暮らしがしたい。刺激が欲しい。そのことを左舷に打ち明けたところ、彼は、予お互い、生まれつき背びれが曲がっていることそして、右舷と左舷は、群れを離れることを決意する。右舷と左舷がリーダーに群れを離反することを申し出た時、当然ながら反対された。群れのリーダーは、彼らの祖母だった。シャチは、仲間を大切にする。群れのチームワークが狩りにおいては最も重要なのだ。そんなことは分かっていた。分かっていたが、抑えられない衝動だった。結局、右舷と左舷は、仲間たちの制止を振り切る形で群れを離れることとなった。それからの生活は─右舷にとっては刺激的だった。いくら、シャチが最強の捕食者であるとは言っても、海は絶対安全な場所では無い。時には様々な危機に見舞われたが、その度にどうにか切り抜けてきた。右舷と左舷の身体には次々生傷が刻まれていったが、同時にこの海で生きていく術も身についていった。安心なんて無いが、満たされた日々だった。やがて、右舷と左舷は近くの海で恐れるものが無いほど強いコンビとなっていった。そして、今。右舷は、思い悩んでいた。我々は強くなってしまった。この海岸は、理想的な狩場である。だが、だからこそ、刺激に欠ける。左舷と共に狩りをして失敗することはほとんど無い。安定して、好物のサメの肝臓を喰うことが出来る。だからこそ、つまらないのだ。右舷は、自分のこの刺激を追い求める気質が特異なものであるとは気が付いていた。何故、自分はこんな生き方をしているのだろうか。狩りは楽しい。群れに居た頃とは違う、刺激がある。だが、サメと自分たちの間には強さに明らかな違いがあって、呆気なく狩りは終わってしまう。 ─虚しい。右舷はそう感じていたが、左舷は、この狩場を気に入っているようだった。こんなにもたくさんのサメの肝臓が食える場所は他には無い、と。左舷は、元々自分についてきてくれただけ。コンビになってくれただけ。右舷のように、刺激を求めてしまう衝動を抱えながら生きている訳では無いのだ。最近は、二頭の間の考えのギャップが気になることが増え、共に過ごさない時間も増えてきた。今、この時もこうして、新たな刺激が無いか探しながら一頭で海を泳ぎ続けていた。が、刺激なんてものは、この穏やかな海にはそうそう無い。分かってはいたけど、右舷はそれを理解するたびに落ち込んでしまうのだ。 ─と、その時だった。久しぶりに─本当に久方ぶりに全身を包み込むようなピリッとした感覚。103第3部 小説・エッセイ                                    

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